クリスチャンにとって、正月は聖書の民数記で始まります。
その日のミサの第一朗読です。
「主はモーセに仰せになった。アロンとその子らに言いなさい。
あなたたちはイスラエルの人々を祝福して、次のように言いなさい。
主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
主が御顔を向けてあなたを照らしあなたに恵みを与えられるように。」
神は、世を創られた時に、祝福で始まります。
「それは良かった」「それは極めて良かった」。
新年に当たって、私達もお互いに祝福しましょう。
祝福と言うのは良いことを言う、悪口の代わりに良いことを言う、嘆く代わりに感謝する、恐れる代わりに神様の光を受けて信頼することです。
神様は愛をもって、すべてのものを創られた。
どんなことがあっても、未来があります、希望があります。
10年が経ってから、わたしたちはコロナのことを思い出して、笑うと思います。
コロナに対して、わたしたちは毎日感染者の人数を見て恐ろしくなりますけれど、牛久の大勢の収容者にとって、解放の機会になりました。
今まで仮放免を何回も申請しても断れていたのに、急にコロナになって、方針は一変して、たくさんの人は仮放免の許可が出ました。
牛久では300人ぐらいから80人になりました。
彼らは良く言いました「ボランティアには力がない、弁護士も力がない、入管の人たちは心がない。わたしたちを助けるのは神様しかない」。
本当に彼らはそれを信じた。そして神様はコロナを通して、彼らの願いをかなえた
目をテレビから、コンピュータから、スマートフォンから離して、神様の方に顔を向け、祝福をしましょう。
近くいる人を、一緒に住んでいる人、仲良くない人でも祝福しましょう。
そうすればすばらしい年になるでしょう。
レミ
(Fr.Remi/MOPP)
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